ユーゲントシュティールとは?

 

ユーゲントシュティールはドイツ語です。西洋美術史におけるアールヌーボー時代(19世紀末〜)においてドイツ国内の同様のムーブメントをそう呼称しています。またつづくアールデコの時代(1925頃)とともに絵画や建築、造形家などに時代を代表するアーティストが現れました。マイセンでもこの時期に中心的な活動をしていた作家たちが手腕をふるいました。19世紀においてマイセンはこと美術的視野からみればとても保守的だったようです。いわばとても職人気質のかたい職場状況であったともいえるでしょう。ですから今でこそアールヌーボー期のマイセンはとても貴重に扱われていますが、ヌーボー期独特の装飾や、アールデコ期の幾何学的なデザインは当時のマイセンの歴史の上では過去の殻を破った時期にあたり、ゆえにこの時代の作品は一過性の風潮のようにその陰を徐々に潜めていきますが、創造的美術の精神は確実にその後の現代のマイセンのマイスター達へとひきつがれていきます。

1895年、マイセン内の保守派からの多少の抵抗はあったものの、はじめてユーゲントシュティールらしい作品の創作が始まりました。なかでもパテ・シュール・パテ技法に長けた Julius Hentschel やその二人の息子、RudolfとKonradとともにその技法を生かし、ヌーヴォー期を思わせる皿や花瓶をつくり、特にフォームデザイナーであった Konrad Hentschel(ヘンチェル人形で有名ですね。)はそのヌーヴォースタイルの「クロッカスのサービスセット」で1900年のパリ万博で賞賛を浴びました。その後、ドイツのユーゲントシュティールを代表する Henry van de Velde(建築家)や Richard Riemerschmid(建築、インテリア)などもマイセンにデザインを提供しました。

さて、マイセンにおいては上記のように短い期間の時代に生まれ、いわゆるよりアールヌーボーらしい様式で作られたユーゲントシュティール作品というのは華やかなロココ時代のアンティーク作品と比べるとやはり数的には多くありません。近年においてドームやガレなどのヌーボー期のガラス工芸が日本でも広く親しまれ、コレクターも交えて市場が華やいでいる事は皆さんも周知の事と思います。もとをたどればアールヌーボー時代のはじまりは当時西洋美術界の風潮となっていたジャポニズムが転じたものである事を考えると、その頃のヨーロッパでうまれた作品が日本人の趣向にかなう物であるのは当然といえるかもしれませんね。

このユーゲントシュティール時代にマイセンで作品を残した代表するアーティストを紹介いたします。今後とも当店の商品詳細記事やブログにも出てくる作家たちです。

Rudolf Hentschel(1869-1951)
Konrad Hentschel(1872-1907)
Henry van de Velde(1863−1957)
Richard Riemerschmid(1868−1957)
Theodor Grust (1857−1919)
Otto Eduard Voigt(1870−1949)
Paul Walther(1876-1933)
Oskar Erich Hösel(1869-1951)
Otto Jarl(1856-1915)
Theodor Eichler(1868-1927)

今回はこのあたりでおしまいにします。

文:園田(Article by M.Sonoda)




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